双極性障害 目指すは完治ではなく寛解

双極性障害ですが、寛解の可能性が見えました。これまでの経緯を語ります。アラフィフ♀です。

補足~トラウマからの回復について

双極性障害の人は、
発症したとき、
何らかのライフイベントがあったことが
多いと思う。
平たく言えば、ストレス。


脳の病気なので、
それが直接の原因というより、
ストレスが脳の脆弱性を刺激した、
と解釈した方がよいみたい。

とはいえ、
多くの人は、
発症のきっかけとして、
辛い出来事を経験していると思うし、
自分もそうなので、
私が経験した大きなストレスと、
そこからどのように回復してきたかを
書いておこうと思う。

 

父が自殺したとき、
私はもう立ち直れないと思った。
というより、
父をみすみす死なせてしまった
親不孝の極みである私のようなものは、
立ち直るなど、あってはならない。
あるいは、
私が立ち直ったりしたら、
一人で黙って絶望の中死んでいった父が
かわいそうすぎる、
だから、私は立ち直ったりしない。

そのように思っていた。

 

父の死から9年半ほど経った今、
私が言えるのは、
私は確かに「立ち直って」はいない。
また、父が死ぬ前の自分に戻ったりもしていない。

 

父の死という厳然たる事実がある以上、
私が父の死を知らなかったころの
単純極まりない幸せな時代に戻ることは
もはやありえない。

 

父が死んでから5年ぐらいは、
父の死という事実は、
私の体の前にそそり立つ
剣のようなものだった。
私が少しでも風に吹かれて
揺れようものなら、
剣は私の体を容赦なく傷つけた。

 

それをフラッシュバックとかいうなら、
そう呼んでいいと思う。

しかし、6年目ぐらいから、
少しずつ変化が生じ始めた。 

 

ある人が、
辛い経験は、乗り越えるのではなく、
「取り込む」のだ、と言っていたが、
まさにそのような変化が起きているように思う。

 

私と言う人間は、
病苦や、病気を持ちながらの仕事や、
その他様々な問題を経験し、
それを取り込みながら、
その分大きく成長したとしたら、
私は眼の前にそそり立っていた剣を
自分の中に取り込みつつあるのかもしれない。

 

剣は剣として存在しつつも、
それを自分の中に入れてしまえば、
あまり自分を傷つけないような、
そんなイメージ。

 

あるいは、先日テレビで聴いたことも、
大いに当てはまると思ったので、
ここに記しておく。


大西秀樹という医師が、
自死ではないが、
親しい人との死別について、
このように述べていた。
「死別の悲しみはゼロにはならないし、
 大きさは変わらないけれど、
 心が広くなると、
 相対的に悲しみを小さくすることができる。
 一般的に、悲しみを乗り越えるとは、
 そういう意味である」

 

これは、上記で私が述べたことと
通じると思う。

 

また、私の病気は双極性障害であるから、
私がどんなに成長しようが、
基本的には治らない。

しかし、治らなくても、
双極性障害という病気を含めて、
自分なんだと認識する。
障害を、体質のようなもの、
生まれ持った性格を形作るものでもある、
と受け止める。

そして、受け止めた上で、
自分の人生を歩む。

その時、
私は立ち直ったのではなく、
成長した、と言えるのではないかと
考えている。

 

ここに至るためには、
しっかり自己受容することが
先決なんだろう。 

 

 

ショックな出来事で発症。
あるいは、躁鬱の症状の経過の中で、
理解されなかったり、
激しい苦しみに翻弄されたり。
さまざまなことがあると思う。

 

でもそれは、
決して回復しないわけではない。
病気のコントロールと共に、
自分というものを理解・受容し、
世間の常識や
相手の事情も加味して考えられるようになる。

考え方もより広くなり、
全体として、
生きやすくなると思う。

 

このブログ、

ここで一段落です。


双極性障害で、

一時は死ぬかと思った私が

今は一応普通に働いている。

ここまでのみちのりを、

なるべく詳しく書いたつもり。

 

もう回復なんてできないんだ!と

思っている方には、

ぜひ読んでもらいたいと思って、

書いてきた。

 

だれかのお役にたてば、

嬉しいと思います。

 

 でも、役に立ちたいから

ブログを書いたか、

と問われれば、

それだけじゃない。


書きたかったから、

書いた。


たぶん、そんな感じです。

 

 

 

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