双極性障害 目指すは完治ではなく寛解

双極性障害ですが、寛解の可能性が見えました。これまでの経緯を語ります。アラフィフ♀です。

気分安定薬を飲んでから~躁のパターン

躁は毎年9月に始まるようだ。
7~8月は割とフラットな感じで過ごすことができるが、
問題はそのあとだ。

 

といっても、気分安定薬を飲む前とは違う。
そもそも、やってくる時期がわかっているし、
前兆もわかる。

 

いわゆる軽躁状態である。

 

頭がやけに回転する。
いろいろなことに気づく。
いろいろなことに興味を持つ。
おしゃべりが止まらない感じ。
人の気持ちにとても共感する。
周囲に「できる」と思われ、
頼りにされる。
頼まれるので、引き受ける。
しかし、なんだかやりすぎているようだ。
相手が私が行ったレベルまでついてこない。

 

何か問題に気付いて、指摘するが、
相手は私に着いてこれない。
相手が動かないから、
こちらはじれったくなって、喧嘩しそうになる。
あちらはフラットだろうけど、
こちらはぷんぷん来ている。
武勇伝は、こういう時に出来てしまう。
武勇伝になっちゃう前に、
コントロールするよう努める。


こうなった時点で、
私は「すわ、躁が来た!」となる。
すぐに主治医に報告する。
予約外でもためらわず行く。
主治医も、うつよりも躁を心配している。

薬を塩梅してもらい、
1週間後に再診するように言われるパターンが多い。
落ち着けば、
次は2週間後、3週間後、と伸ばして
通常の4週間に1回に戻していく。

 

このようにすれば、
以前経験したような
強烈な躁鬱混合状態にはもうならない。
心がナイフのように研ぎ澄まされ、
自分と相手を傷つけてしまうような
地獄の番外地には、もう陥らない。
前回のブログで書いたように、
自分をモニターし、医師を積極的に動かして薬を調節する。
とにかく、地獄の番外地の前駆症状なので、
おかしいと思ったら、
すぐに医者に駆け込んで薬を処方してもらう。


また、私は、躁鬱混合状態になる前の
軽躁で便利な経験したことがあり、
それを日常の仕事に生かしている。

地獄の番外地

に記されている通り、
子どもの気持ちがとてもよくわかるようになったことだった。

子どもの気持ちがわかれば、
こじれている子どもを
立ち直らせてあげる手助けができる。
どうしたら立ち直るか、という想像が
可能になるから。


もちろん、躁による病的な経験だったと思う。
しかし、それを利用していけないということはないだろう。


私は、長い間鬱だったのだが、
当時は本当に子どもの気持ちがわからなかった。

子どもがへそを曲げて、
くじけているとき、
肩書としては担任だったり
その子の担当教諭だったりしたけれど、
その子を助けてあげることはできなかった。
なぜくじけているのかが全然わからない。

だから、その子を立ち直らせてあげる助けが
まったくできない。
その子の前で、
茫然と立ち尽くすか、
無駄だとわかっていながら
何らかの声をかけたり
気持ちをごまかしたりする試みを行っては
すべて失敗した。

当時私は、
職場に体を置いてるだけで、
何もしていなかった。
問題の前で立ち尽くすだけだった。
誰かが来て、
さっさとそれを解決して立ち去ると、
私はホッとすると同時に、
言いようもない劣等感を味わいながら、
地獄に堕ちて行った。

その間、担任を外されもしたし、
休職も経験した。

ああ、もう退職させてほしい。
わけがわからない。
自分でも決められない。
だれか私をクビにしてくれ!

そう願っていた。

しかし今、私は
躁の時の経験を生かしながら
仕事をしている。

首にしてくれ!と天に向かって
叫んでいた私ではない。


その経験については、

参考になる話がいっぱい! 精神疾患の体験談記事まとめ | 双極性男子のあたまのなか

経験談として寄稿しているので、
興味がある方はご覧いただきたい。


薬の塩梅によって、
私はだいたい落ち着くが、
うつの時のように、
3段階もの処方を考えてもらうということは
今はない。
躁は鬱よりも用心したほうがいいと思うから。

もう少し自分の処方に熟練したら、
主治医にお願いするかもしれないが。


かくして、次の6月ごろにまでは、
その処方で大丈夫。

 

6月になったら、
鬱の兆候に気を付けるようにする。


このようにして、
躁・鬱を自覚し、薬を調整してもらうことで、
私は躁の波にさらわれることなく、
生活することができている。

 

 

 

 

 

 

 

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