双極性障害寛解できるよ

双極性障害ですが、寛解の可能性が見えました。これまでの経緯を語ります。アラフィフ♀です。

気分安定薬を飲んでから~鬱のパターンを知ってコントロール

気分安定薬を飲んでから、
初めての鬱がやってきた。
しかしそれは、
前回の地獄の10丁目うつよりは
だいぶベターな鬱だった。

その鬱とは、具体的に言えば、
例えばいろいろなことに対する不信感。
今まで信頼してきたもの。人への不信だった。

 

今までと違う自分に、自分が戸惑う。
また、信頼していた相手への感情が変わるから、
態度に出てしまう。
すごく迷惑をかけると思う。

それを避けるために、
なるべく近づかないという対策を立てるしかない。
孤独感が募るが、仕方ない。


それと、よくあるのは身体症状。
あるときには謎の背中の痛み。
朝、目が覚めると背骨がギシギシときしむように痛むが、
30分もすると収まる。
しかし収まるまでの30分間、
出勤の支度をするのは結構な苦痛だった。
この時には整形外科を受診し、
セレコックスを処方されて
痛みを和らげ、
時が過ぎるのを待った。

痛みが数か月で過ぎ去ってから、
この痛みが出たのは
いつもの鬱の時期と重なっていたな、ということに気づく。
ああそうか、うつ症状だったんだ、と
理解した。

 

またある時は、
咳が長引くことがあった。
熱が出たり、ひどい咳が続いたり、
さらに結膜炎・腰痛など、
いろいろな症状が重なった。
呼吸器内科では、
咳喘息・マイコプラズマ・アレルギーなどではないか、
と言われたりもした。

それと、よくあるのは冷えである。
これは寒さで冷えるのとは種類の違う、
非常に不快な冷えだ。


気分安定薬以降のうつ症状は、
こっそり忍び寄ってくる。
「うつだ」という看板をぶら下げてくるわけではないので、
気付いた時にはしっかりうつに脳を
占領されていることがある。

実は、このブログを始めた6月ごろも、
うつが来るか来るかと身構えて待っていたのに、
来ない!と思った。
そのため、「ついに寛解したか!」と思った。
それで、「寛解したかも」というブログを始めたわけだ。

実際には、うつに少しやられていた。

ただ、これは言っておきたいのだが、
やはり気分安定薬を服用するようになってから、
年々うつはましになっている。


では、どのように「まし」にするのか。

これまで私は、
医師の処方通りに薬を飲んできたが、
ここからは少し変わる。

波の変化が激しいと思うとき、
私は何段階かの薬の変え方を
事前に訊いておく。
通院は基本的に月に1回だが、
症状が激しく変化する時には、
それでは全く足りない。
かといって、いちいち病院に駆け込むには
私の時間が足りない。

そこで、もっとおかしくなったらどうするか、という仮定で
指示してもらう。
主治医はたいてい、
「ここまでする必要はないと思うけどね」
といいながら、3段階ぐらいまで教えてくれる。
そして、私は結局3段階全部を使うことになり、
1カ月を待たずにしてまた病院に行くことになることもあるが、
これでいいように思う。
自己防衛である。

もし薬を変えることで症状が和らぐなら、
我慢する必要など全くないと、
私は考える。
多くの場合、
症状に合わせて薬を変えはするが、
減量はしていないように思う。
というよりも、症状を自覚していてもしていなくても、
常に一定量を服薬している、という感じ。

必要なら増やすことも厭わない。
薬を増やすことが怖いなら、
薬を増やすことのベネフィットと副作用を天秤にかけて
よく考えればよい。
しかも、自分で考えるのではなく、
医師に質問して教えてもらうのだ。


うつで受診したある日、
「具合はどうか」
と問う医師に対して、
うつ過ぎて説明するのも面倒で、
「もう、わかんなくなっちゃいました」
と言ったことがある。

すると医師は、
「でも、わかるのはコロッケさんだけなんですよ」
と言った。

そうなのだ。
投げやりになって説明をあきらめてしまうと、
医師はどうすることもできないのだ。

それ以来、私は
なるべく受診前に症状を書きとめるなどして、
説明のために役立てている。

自分をモニターする。
症状を分析・説明し、
医師を動かして、薬を最適化してもらう努力をする。
過去の症状は忘れないで、
同じパターンが来たら、用心する。

これで、激鬱の時に休職して以来、
一度も休職はない。

我慢の範疇で、仕事ができている。

一度、あまり深くはないが、
長期間うつから上がってこなかったため、
パキシルが1錠出たことがあったのだが、
2日ほどであっという間に鬱が終わり、
その後すぐ躁転したのだ。

この時には、受診するまでもなく、
パキシルを半分・1/4個・ゼロと数日で減らしていった。
離脱症状が出るほどに飲んでいないはずだ、
ということも、
折込済みなので、
こういうことができる。


ちなみに、
主治医に、心の中の葛藤やトラウマについて
話したことはほとんどない。
話したところで、
精神科医は、
話すその内容や様子から
ふさわしい薬の塩梅を考えるだけ。
だったら、それよりもまっすぐに
精神症状について伝えた方が早い。

一応家族歴や経過として
父が自殺したということを伝えてあるだけである。

時間というコストを浪費したくない。

それに、私はカウンセリングのようなものを
受けたいとは思わない。
もちろん、父の自殺は今でも大きなトラウマだが、
それをどうこうするつもりはない。
せっかく心の中の居場所をなんとなく見つけて
それなりにどこかに落ち着いているものを
触ってもらいたくない。

この出来事は、時々暴れたりするが、
そう簡単にどうにかできるものでもない。

もちろん、認知行動療法などの可能性は
私も意識していて、
そういう意味で、
心理学の世話になることもあるかもしれないとは
一応知識として持ってはいる。
しかし今のところ、
父の死に限らず、
いやな出来事を前向きなフレーズに言い換えてみても、
腹の底から苦々しい気持ちが湧いてくるだけで、
それに耐えられない。

私は仕事上、
心理学を結構長く学んでいて、
仕事では毎日心理学を使っていると思うが、
自分に当てはめるのはできない。
どうしても内省しすぎてしまう。
下手に知識があるからだめなのかもしれないが。

あるいは、よほどタフなカウンセラーなら
世話になる可能性もあるのかな。

 

 

 

 

 

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