双極性障害寛解できるよ

双極性障害ですが、寛解の可能性が見えました。これまでの経緯を語ります。アラフィフ♀です。

地獄の番外地!その後の躁状態② じゅうたん爆撃

どうにも収まらない躁の嵐を見て取った主治医は、
「じゅうたん爆撃だな」と言って、
薬をどんどん増やしていった。
集中砲火じゃないんですか?と訊いた私に、
いや、じゅうたん爆撃、と。
リーマスは最高量の1200mg、
さらにクエチアピンも50mgだった。
それでも、私の躁の高まりはとどまらなかった。
ラモトラギンも入ったが、
効いていないね、と言って外した。
私はがっかりした。
薬疹さえ出なければ、
ラモトラギンは、
リーマスやクエチアピンにあるような副作用が
ないからだった。
でも、効かないものは仕方がない。

集中砲火ではなく、じゅうたん爆撃といったのは、
1つの薬の量を増やすのではなく、
種類を増やして、
あれこれの症状を抑え込む、の意だったと思う。

モグラたたきでいえば、
全部のもぐらを一度に叩いて、
どこからも出られないようにする、
といったイメージか。

これでも収まらなかったら、
絨毯爆撃+集中砲火 という道が、
まだ残されているのか?

ここで、大量処方だのなんだの、
ネガティブキャンペーンが頭の中をよぎったが、
すでに私は地獄の番外地に来ているのだから、
どうしようもなかった。


躁で頭がぶんぶん回ってしまうとき、
人が発したことば、
テレビでふと耳にした言葉やフレーズに
あまりにも激しく反応してしまう。
荒れ狂う心の中をどうすることもできず、
嵐はますますひどくなるばかり。
そんなとき、私はどうしたらよいのか?と
回りすぎる頭をますます回して考えた。

 

考えたのは、次の通り。

1.誰かに言う→でも、言われた人にとっては大迷惑になる。
また、言ったことでさらに自分を刺激してしまう

2.黙っている→でも、自分のストレスが大きくなり、爆発しそうになる

3.テレビを見る→でも、ちょっとしたことに刺激されて、頭の中がますます荒れる

4.ネットをする→テレビとだいたい同じ。

テレビとネットは似ているが、
少しでも刺激が少なくて済むように、
こちらから情報を選んで見に行くので、ネットのほうがましか?
でも、ネットするためには、体を立てにしておく感じになる。
でも吐き気でつらいから横になりたい。
それなら、寝ながらネットという手段もあり、
これは割とよかったと思う。
文字は打ち込まず、ひたすらクリックということになる。
家族はこの行動を理解できず、不審に思ってたけど。

5.日記とかに書く→ワードとかにちょこちょこ症状を記録したが、これも体を立てする感じになる。
また、やっぱり書くことがさらに自分を刺激してしまう。

6.横になってケータイに打ち込む→当時はガラケーだったのだが、これが一番毒が少なくて済むように思った。
長文を編集するのが大変だが、それがかえってちょうど良かった。

しかし、頭からどんどん溢れ出すから、やはり長文を書くことになる。
結果、寝ながらノートパソコンを腹の上に載せて打ち込む。
これ、かなり上達した。

 

医師に上記の6つを話しながら、
「どれも、無駄な抵抗でしょうか?」と言ったら、
「そうだな。無駄。薬飲むしかない。じゅうたん爆撃。」
と言っただけだった。

 

私は仙人になるのだ。

 

こうして苦痛がどんどん増していった。
ここで述べたことと重なることも多かったと思う。
しかし、正直言って、
この時の精神的苦痛について、
きちんと説明することはできないように思う。
通常の私ではまったくあり得ないことだったこともある。
また、躁が治まったあとで思い当ったのだが、
この経験が苛烈だったため、
記憶が何割かは消えているのかもしれない、ということ。
脳の防衛機制なんだろう。

 

身体的には、ここよりはマシだったとは思うものの、
肩や背中の凝りがひどくなり、
しまいには吐き気がしてきた。
すさまじき頭痛。
整体に行ってみたり、
マッサージオイルを買ってみたりしたが、
どれがどう効いたのか、効かなかったのかは
よくわからない。

 

せめて私にできるのは、
とにかくこの出来事を
経験値として取り込むということ。
そうだとしても、あまいにもイタすぎた。

 

躁状態について、よくある説明に、
爽快感・万能感・浪費・性的放縦などとよくあるが、
このすべてに、私は当てはまらない。
浪費は少しだけあるかもしれないが、
わずかなものだと思う。

 

躁を病気だと認識できないという話をよく聞くが、
私の場合は、自分をしっかりモニターできるようだ。
機嫌がよい・何か曲などを生み出してしまう・
感受性が高まる・共感性が高まる。
それが躁の序章。
あとは、上記のような状態に陥る。

 

特に爽快感など考えられない。
非常に苦痛に満ちた、苦しい経験で、
不機嫌であり、どうにか眠っても悪夢を見る。

それはまさに「地獄の番外地」だ。
激鬱を地獄の10丁目と表現したが、
私にとっては躁もまた、別の地獄なのである。


この躁の時は、
ちょうど年末年始の休みと重なったこともあって、
私は休職こそしなかったが、
まったく仕事になっていなかったと思う。
ただただ、周囲の支えがあって
どうにか体だけは職場にあった、ただそれだけだ。

 

また、うつであれ、躁であれ、
休職したとしても、
それは休みではない。
休んだら休んだで、辛い。
出勤したらしたで、辛い。
つまり、何をどうしても、身の置き所がない。
いたたまれない。
「辛かったら休んで」という優しい言葉に
素直になれない理由がそこにある。



このようなすさまじい状態に置かれた私だが、
ピークから2か月ほどで、
症状は治まってきた。

 

双極性障害の症状は、
波。


だから、時が来れば収まるはずだ。
渦中にあるときには、それが信じられなくなる。
でも、波はどんなに高くても、時がくればは引くのだ、と
理性で理解することは、少しは助けになったかも。
ただし、放っておけば、
その次の波はまた大きく高いのだけれど。

 

放っておいてたまるか。
ようやく双極性障害の本格的な治療を始めたばかりなのだから。
そんな気持ちで、主治医の指示通り
服薬を続けた。

 

 

 

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